近代の激動の日韓史

日本が江戸末期に開国し、その後江戸幕府は消滅そして、日本政府が樹立されました。

このころになると、李氏朝鮮を配下におく清国や南下政策をとる帝政ロシアなどを意識するようになり、朝鮮半島の軍事的意味合いが強くなりました。

江華島事件と日朝修好条約

1875年、日本は当時鎖国中の李氏朝鮮に開国し、国交を樹立したいと思っていました。そんな折に、日本から使者を載せた軍艦が、江華島砲台で砲撃をうけ、それをきっかけに日本が反撃、砲台を占拠するという状態になりました。

その後、朝鮮の謝罪および、日朝修好条約と言う日本に有利な条約を締結し、この事件は解決し、李氏朝鮮は開国することになりました。

なお、このころの李氏朝鮮は中国(清)の冊封体制に組み込まれており、中国に隷属する形で存在していました。

 

日清戦争

朝鮮に鎖国を解かせ、国交を樹立した日本政府ですが、清国としては李氏朝鮮は清の冊封体制の中の隷属する国ですから、自分のものを取られたと感じたことでしょう。そのため、これをきっかけに1894年には日清戦争が勃発します。

その後日清戦争で日本が勝利すると、下関条約によって、朝鮮は清国の冊封体制から離脱し、実質的には日本の統治下になりました。そして名前を大韓帝国に改める形となります。

 

日露戦争

1904年ロシアも南下政策をとっており、朝鮮への支配権は捨てられない状況でした。これらのことも相俟って日露戦争が勃発しました。

日本はこの日露戦争でも勝利し、ポーツマス条約によって朝鮮への支配を絶対的かつ、排他的なものにしたのです。

 

韓国併合

しかし、当然ながら大韓帝国は日本からの支配を排除しようと画策しますが、成就せず、その後に韓国併合へとつながってゆきます。

韓国併合により、韓国は大日本国の領土の一部とされるところとなりました。なお、韓国併合については別項で詳解いたします。

 

第二次世界大戦終戦

その後第二次世界大戦が勃発し、1945年に終戦すると、日本の朝鮮半島における領土も没収されることになります。

そして、1948年に『大韓民国』が建国されることになったのです。

 

次のページ以降では、戦後の歴史を見てみましょう。


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